ゆるい思想

脳ミソからケツまでイった男の雑記

過信


言葉の礼儀や違和感を察知できるか、そもそも経験が浅いために備わっていない自分だが、そこでインターネットを頼りにしてしまうというのも危険だという事を思い知った。

「了解しました。毎度ながら、ご配慮下さりありがとうございます」

こう、送った。社会人からすればブチ切れたいくらいの醜い文だろう、実際注意された。ネットには常識と呼ばれるものがそのまま落とし込まれているとの事ではないのは理解していたつもりだったが、浅い認識であった事実が結果的に露呈した。


「了解しました」は目下の者は使わないとの事。友人間でもよく使うので使い慣れてしまっていたのが問題だった。「毎度ながら」は口頭では使われるケースもあるが文面では汚過ぎるらしい。これは丁寧だと勝手に思い込んでいた。「ご配慮下さり」については日本語が正しいか誤っているか以前の話だと言われた。この言葉がネットで得た知識であった。


無論、インターネットが悪いと言いたいわけではない。委ねられる責任とその判断が自分にしか存在しないのは当然で、メディアでもネットリテラシーやモラルについて取り上げられるようになったものの、解決の具体例が明確に提示できるかと言われれば難しい。(まとめサイト等の三次情報媒体を除く)
まあ、あくまで個人としての傾向で顕著なものが"知恵袋"等の質問サイト。これは複数の回答からひとつ「説得力のあるもの」として選別されている所為か、信憑性の高いものとして脳内で変換される節がいくつかある。


先程少しだけ出したネットリテラシーも一般社会での正しい礼儀も、ネットのルールはネットで学び、社会のルールは社会で学ぶのが最適なのかなと今回の件で学んだ。
結局どこからどこへ行っても痛い目に遭うのが近道なのは間違いないが、自身の認識という曖昧なものは取っ払って、一方からの意見ではなく現実もネットも同じだという事を理解しなければならない。


ということで修正すると、
「承知しました。いつもご配慮いただきありがとうございます。」
になりましたとさ。

勿論上下関係があると言えばあるのだが「承知しました」「畏まりました」と改まりが過ぎるのも不快感を与えかねない関係なので(めんどくせえな)その間に位置する言葉が欲しいのが正直なところではある。

黄金


これ何だと思う?



糞じゃねえよ、芋だ芋。



我が家には薪ストーブなるものがありまして、冬はこいつが無いと死ぬ。

つまりは芋を薪ストーブ内にブチ込んだ訳で、これがクッソ美味いんですわぁ…
今回食ったのは福井県あわら市特産品である「とみつ金時」で、甘い。とにかく甘い。

こいつを

こうして

こうじゃ

作り方としては、洗ってキッチンペーパーで包み、その外から銀紙でまた包んで火が直接当たらない位置に設置して1時間待つ。

そんなに待てる訳ねえだろ。
という事でこの後薪を焼べまくった完全燃焼中の炎の中にブチ込んで15分で完成させた結果があの哀れな黒焦げ姿。上記の正しい作り方であれば皮ごと食える焼き芋に仕上るそうです。いやあ自分そんな気が長くないんで…

先の通り黒焦げでも中身はホックホクの焼き芋なのでスプーンでほじくりながら食う。口の中が火傷するかしないかの瀬戸際な温度が堪らん。



そんでこの薪ストーブ、内部は耐火レンガで囲ってあり、一次燃焼で発生した炎はバッフルプレート(天板みたいなもん)下付近でスリット(上部の隙間)から供給される二次燃焼用空気によって再燃焼される構造。室内温度は300℃にまで達する。

一次燃焼時の薪が燃えるときに出る煙、これには未燃焼ガスや水蒸気などが含まれ、それをもう一度燃やすのが二次燃焼。二次燃焼構造のいいところは、やはりその燃焼効率の良さ。しかも垂直燃焼型の煙よりも煤を70〜80%減らすことができるので基本的に掃除は不要、煙もクリーン、もうダブル☆驚きですよね。
輻射熱による暖房というのは他とは違うポテンシャルを秘めていて、確かに火を付けるのも薪を焼べるのも面倒だがその暖かさは何にも代え難い中毒性と安心感がある。


分かり易い弱点と言えば、サンタさん(隠喩)の死体や死臭を味わわなければいけないこと。いや、ストーブを稼働しない期間にスズメが年平均5~6匹煙突から私がクリスマスプレゼントですと言わんばかりに身を捧げに来るんだよね…
暇さえあれば飯を食うとされるスズメは1日も経てば全く音を立てなくなり(ストーブから脱出しようとするのも結構な体力を使うのだろう)、恐らく2日以内に死んでいる。数年前まではゴミ袋を破り3連結させたもので覆い、ドアを開け捕まえたスズメを逃してやってたんだがそんな人情溢れる奴はこの家から居なくなってしまったので現在は文字通り焼き鳥になって頂いてます。いや食べないよ。

価値のないもの


知った味を食って食らって、アニメゲーム映画漬けの毎日、外に出ているのは自主的なものとは言い難い。それを繰り返すこの生活を気に入ってしまっている。ボヤボヤしてると後ろからバッサリな世界にほっぽり出されてギリギリを生き延びたいと思っていたあの頃の自分はどこへ行ったか知らんが、小学生の頃に描いていたニートよりもなりたくなかった実家暮らしのフリーターという将来がすぐそこに来ている。
しかしそこに当てはまる人たちは、みな嬉しそうに身の上話をしてくれる。面白いことに、仕事と生活が同列で、マイペースに見える。同じ歳でも家庭を持つ人は、どことなく切羽詰まっているというか、何か使命感に追われているように感じる。どうしたものかその人を羨ましいとは思わない時点で人間的なものや夢をここで示さなければいけないのは当然だが、どうして動けないのか。

相対的に見なくとも、ここ数ヶ月は確実にいい生活を送れていると言える。どっちにしろこのまま冬を乗り越える足となればこれ以上良いことはない。ただ投げ出したいという気持ちは、何かの助けになるのだろうか。これほど恵まれた個体が、関わるもの全てに放っておいてくれと言っている。矛盾が楽しいと生意気に言っていたクソガキが、繊細さの欠片もなく整合を取ろうとしている。昔に戻りたいなんて中身のないゴミのような感情が湧いてくる。例えリアルとは呼びたくなくともほぼ完璧にやってるつもりではいても、本能が怯えるなら、劣化部分が適合という形で成形されていくのが分かるなら実際そこは自分が最適に生きていける場所だと思う。ものの大きさで高低差は変わらないと言いたい訳じゃない。ただ絶対にそこはリアルではないと言いたい自分がどこまで持つか。要は課せられるものを現実と言って受容出来るかどうか、ここに懸ける気持ちは人一倍でなくてはならない。
反面、リアルかそうでなくとも二分化したがる自分をもっと面白がりたいと切実に思う。人間の本質なんてものに当てはまっていく様がどうもイラついてしょうがないが、ここまでで得たものを頼りに、レベルの低い自己完結を塗る覚悟を決めなければいけない。

猶予を延ばそうとすれば破滅する。何故だか知らんが確実に破滅できる自信はある。しかし都合の良いこと悪いことをやり過ごした数が多すぎるこの町で消化されることなく過ごしたいというのは紛うことなき本意で、モラル、保身すら気にする必要のない空間がここに完成しているなら、プロセスと結果に意味を求めてはいけない。甘えでも何でもないものを卑下と罵って、また繰り上がる感情を一生続けるつもりならそれはそれでいいんじゃないか。

ひとり歩きしているただの言葉が、どれだけ意味をもたらさないか。こんなものを理解したところで、あらゆるものの上下関係が人間の中ではなく間に存在しているか、していないかは考えたくも聞きたくもない。放ったらかしだとしても常軌を逸した存在を目の当たりにした時に、一番最初に受け取った感情が恐怖であることを覚えている。これが本能なら、とっくに弱い人間だと証明されている。関わってはいけない、潰される、早く逃げたい…あの恐怖があったからこそ、今があるとこんなにも安っぽく一言で表現できてしまうが、客観視したならば絶対に見ることのできない、人生の因果が交通事故を起こした瞬間など、記録もせずに生きてきたこと、無駄ではなかったいう証拠がないならば自分は今ここで文句を言い、言われ続けなければならないのか。人間なんて自然の摂理と何の関係もないとしても、自分を殺しにくる人間が一人くらいは居てもいいのではないか。

偶然か必然かすら理解の及ばない、あの感情、言葉、可能性、思い返せば自分がどれだけ自堕落で生産性のない人生を送ってきたか、その結果として現れたシチュエーション、どうしてこんなにも分かり易くやってくるのだろうか。死にたい、死にたいと意味もなく誰かを探しに街へ駆け出したあの日々、今じゃ自分にすら理解されなくて、薄っぺらい。褒めるところがあるとすれば、よく死ななかったという事だけ、あそこまで自分を追い込んだ非日常が、もっと決定的な不幸、不条理へ導いて欲しいと願う異常なまでの薬へと変化させていったのは、誰のせいなんだろうか。

ある時は「してはいけないこと」を堂々と披露し、数秒前まで普通に接していた人間にも拒絶され、誰が正しかろうが社会で生きていくには自分の頭ではあまりにも不十分と思い知った日もあるにはあった。いや何もかも言葉のまま受け取らないで欲しい、俺は悪くない。和解する努力はしたんだよ、話を聞けばきっと納得出来るだろう…いくらでも弁明の言葉は出てくる程に、憎たらしい思い出ではある筈なのに、奴を言い負かす妄想を数え切れないくらい繰り返してきたのに、誰が見ても明らかに人生の分岐点だったというのに、思い出したところで何も感じない。
どうして感情的になれないか、ずっと考えてきた。それは偶然にもアドバンテージを生み出した、正確にはアドバンテージを生み出したと思っているからだ。あの頃の自分とは違う、あれは本当の自分じゃない、そんなことを無意識に感じているのだと、やっと気付いた。自分の事なんて知りもしないから日常的なあらゆる物事と行動に、どれが本心で本物なのか、偽物なのか模索しながら矛盾と因果を疑問の上に割り当てている。さっきまでこれを個性だと思っていたものが、こんなにもアホらしい。これまで本意であるものか本意ではないものか処理する前にごっちゃごちゃに混ぜて誰の言葉も借りずに書いてきたが、実は全部借り物だったんじゃないか。

本音を言えば、嘘か誠かなんて誰も知りやしない。結局どんな感情にも、「湧いてくる」などと思いたいだけの地位、環境は確かにそこにあったんだろう。誰も分からないと悟るなら、可能性を模索される妄想をしているだけの毎日に変化は来るのだろうか。
これでもかと哀しみを乗せてここまで書いたが、読み返せば無頓着な人間にしか見えない。

癒し


SideM前日譚の存在を今日知った、どうしてもっと早く気が付かなかったのか。
内容はJupiterが961プロを抜けてから315プロに入るまでのお話。ストーリーの完成度、作画レベル共にTVアニメとは思えない出来だった。35分という一般的なアニメより10~15分程長いもので、これ劇場版として売り出しても良かったんじゃないかと思うくらいの観終わった後の満足度があった。
キャラクターの想念と心意の駆け引きが素晴らしく、愛というか、そういったものが感じられた。良い意味でも悪い意味でもアイマスらしい部分はあったけれども本編とは全く違う良さがあるので、これはこれ一本で勧めたい。



はいそんで8話、合宿という事で今度は誰がサイコガンダムMk-IIになるのかと心配になるも、その逆を行きやがった。キャラクターの個性、個性、もう顔中個性まみれや。特にみのるさん、はしゃぎすぎ!!!!!!!!!!!!!\デェーンデェーン/モーニングレスキューwwwwwwwwwwww
つらい朝を救え。

よくぞまあこんなに多いキャラクター達をたった20分で満遍なく描ききりましたね…

ピエール君は今週もかわいい


マジな顔もかわいい

その為の右手

ターンエー思い出した

タカキも頑張ってたし(幻聴)俺も頑張らないと→ニュータイプ演出→ピエール君を守るみのるさん…鉄血リスペクトかな?


ダイナミックキメてから観るもんだから、線がとにかく綺麗でおったまげる。身体の動きも滑らかでブルっちゃうよ…

特にここの翔太の動きはヤバい。こんな作画見せられたらReason!!本番が待ちきれない。


カレーに懸ける想い、分かります分かります(食い気味)


それと彼ら(歴代)の合宿所、福井県高浜町にございます。(唐突な売り込み)

実際はここまで整備もされてなく閑散としてるけど、嶺南の海は綺麗で関西からの旅行者が涼みに来るというのは地元メディアが毎年しつこく報道しているので間違いない。ガッチガチの観光地感が好きではない方には割とナチュラルな時間をお過ごしになれるんじゃないでしょうか。夏は通り越したのでこれからは蟹を食いまくれ。高浜原発の夜景もご一緒に。原発好きなら敦賀も寄ろう、しかし地元の人に原発の話を持ち掛けてはいけない。
西川知事も伊原木知事の様に自分を売る(至言)かの如くTV出演すれば人気が出る可能性が微粒子レベルで存在する…?


他にグラスリップ、メガネブとかいうアニメ界のやべーやつらが県内に居る中で聖地として残るのは有難い事やこれは…



余談

ドラマも好きなもんでよく観るんだけれども、どいつもこいつも怒鳴るシーンばかりで折角楽しく観てたのに急速で禿げそうになるんだよね…人が怒ってるのって、やはりウケるんだろうか。皆誰かに怒りたいんかね。
率直に怒鳴るシーンに嫌悪感がある訳ではなくて、大抵世の不条理に向けているせいか慰めの代わりに友情や勝利を目的としているものを多く感じて、題材がプリミティブな上に一方的というか。視聴率が変動しまくるTVドラマでは視聴者をどれだけ気持ち良く(意味深)させるかが重要なんだろうが、これ漫才か何か?

例外として半沢直樹は怒鳴るの度が過ぎてて好きだけども。下町ロケットは…ナオキです…国内ドラマの方向性としては最近のもので言えば(最近のしか知らんが)ゆとりですがなにか、流星ワゴンがストライクゾーン、やっぱ日曜劇場の…金のかかったドラマを…最高やな!
それと植木等とのぼせもんを婆ちゃんに解説して貰いながら観たおかげで非常に楽しめた。

普段観ない恋愛物も柴田理恵が主役やるってんなら観たい…観たくない?恋愛なんて要らないわぁなんて言いながら若い男と福運積んで砕け散っていく様をリアルと折り合い良くジレンマ掛けながら上手いこと演出出来るんじゃなかろうか。

いや、この前かな子と柴田理恵のスリーサイズが一致しているという事実を知ってから彼女が頭から離れないんだよね…

外郭


最近雨ばっかじゃねえかお前ん惑星ゥ!折角ひと月前からウッキウキで連休取ったのに5日間全部雨とかもう許せるぞオイ!そして今度はダイナミックコード7話がいなくなってしまった。くっそ〜、野球のやつ〜!


本題。
基本的にコミュ障と呼ばれる括りの中のひとりであるのが自分ではあるが、正直心持ちなどという簡素で難しいもので克服できないのではないかと最近感じる。
例えば外食の際に落ち着いて飯を味わえるかどうか、とは食欲を従える以前の問題で、「頭おかしい上に不便極まりない」のは感情として処理していいかどうかシビアではあるものの、結局のところ心の置き場がない。
まあこんな人間が居るせいで回転寿司でわざわざタッチパネルで注文しなければいけなくなったりする訳だが。本質的なものを言えば共通したささやかな理想に技術が追いついただけかと思うので関係ない。

話を戻そう、結局は世間一般的に言う自意識過剰なのではと、うんその通りだよ。電車やバスの中でも、人混みを歩く中でも、誰もが自分をエバリューション一直線で巡らせているのではないかと、思考を看破されているのではなく、そっくり読まれている可能性を可能性のままで空間に居座らせているのが事実でありクソ要素。文章だと意識的な欠陥に見えるだろうが、全くの無意識であるから腐るものは腐らせ、焼くものも腐らせるので結局のところ何もしていない事になってしまう。


で、最も重要な解決策についてだが

そんなものは ない



余談


家でも性格同じなの?との質問に、全く変わんないですと答えたのだが、帰ってきた言葉が「ああよかった」で、これは普段喋る言葉に嘘がないという意味で「よかった」のか、ペラッペラの性格に表しかなくて「よかった」のか、どういった前提があったかは知らないが家とそこで性格が変わらない事実に「よかった」と感じたのか、分からない。

そもそも内と外で性格が違うという意味が分からないので答えを見つけられる訳が…えっ女の子は自在に性格を操れるだって?優しくしてくれてると思ってたら裏で愚痴りまくってるとかマジ?うわぁこれからは人間不信という安い言い訳を盾に人間に縋ります。

DYNAMIC CHORDの揺るがない立ち位置


DYNAMIC CHORD、執拗にこのアニメの話するから覚悟して。
ここの顔すき

やはりDYNAMIC CHORDにしがみつく理由は、女性向けアニメらしからぬキャラクターの魅せ方のせいだと思う。モブ含め媚びる様子を見せない登場人物達の言葉が、いやらしくもしつこくもない。腰が据わり主張する貫禄を見せる彼らとは裏腹に進み続ける時間、キャラクターが創り出す物語というのは正にこれを言うのではないか。

4話で戦士の休息とヨリトさんがホモっぽい発言をするのも、5話でオッドアイとバナナがカマネキにオホッとするのも、しつこさがあれば絶対に映えないシーン。(SideMの)あざといピエール君を見てがわ゙い゙い゙な゙ぁ゙ピエ゙ー ル゙ぐん゙と感極まるのも勿論間違ってはいないが、男にとって女性向けアニメの癒しの究極系はこのDYNAMIC CHORDにある。キャラクターの感性も言葉の意義もガバガバ風景作画も視聴者から受け取りに来てもらうというスタンスを一貫している影山監督には脱帽するしかない。謎の中毒性で繰り返し観てしまう度に好きになっていく魅力はここにある。ライブシーンはなんとかしろ(豹変)
でもここすき


追いピアノや謎の間も確かにコメント付きで見なくとも面白いが、100%ネタ目的の視聴者は断片的なダイナミックシーンへの圧倒的な期待だけでなく「DYNAMIC CHORDというアニメ」としてマクロ的に捉えた際にいつか他とは一線を画す楽しさと面白さを両立する、合理的な裏側でありながら矛盾させたくはないアニメだと気付く程の神秘は確実にある。自分は破魔石の力に溺れるアーシェ並に取り憑かれた。

お持ち帰りしたいくらいのピエール君の可愛さや追いピアノの笑うしかない衝撃を一方的に感じるだけに留まらず、普通回と呼ばれる25分も自ら感受すればDYNAMIC CHORDの真の魅力と学ぶべきものが存在している。後にクソアニメとして鉄血や異世界スマホと同列で語られようが、この2つとは明らかに違う存在感を放つと信じている者は、決して少なくない。
Vガンだってそう、まともな神経していればリーンホース特攻シーンとキャラクターの狂気くらいしか印象に残ることはないだろうが、カテジナの故郷と帝国への想い、子ども達の戦争意識とモビルスーツの存在する意味を自分から受け取りに行った瞬間、名作と化す。


そして最新話である6話、加賀さんの鋭利な顎と木造だった筈の鉄骨ステージさっき見たライブさえなければ涙を拭った後、道明寺が映るカット時の「こんなライブ、お金じゃ買えない」という台詞で泣いてたと思う。Liar-Sが覚悟キメた瞬間彼らの心情を反映するように怒涛の花火が上がるシーンも好き。

マネージャーとバンドは確固たる共通思想を持ちながらすれ違い、解決する砌までマネージャーと接触することなく進むシナリオ。申し開きを効かせる場面でも回想という形でリフレインさせる事でより強調し、作画枚数も減らせるというテクニックにも感服せざるを得ない。例 : 私ね、楽しい思い出があるの・・・
Liar-Sが自分達のために目の前のファンを選ぶ姿をマネージャーは実見し、それは道明寺の後押しがあってこそというなかなか見られない構成、やはり道明寺は主人公。
着目すべきは現実的なクライアントからの想定される評価や常識ではなく、Liar-S自身の決断。いわゆる世間である視聴者側のツッコミすら狙わずとも逆手に取るダイナミックなテーマの6話は最高だった。



余談

今年のアニメは(いろんな意味で)全く退屈しないので大満足の万々歳。ホラ2016年のTVアニメを見てみろよオラァン!(追い討ち)

来季の情報も充実してきた。CCさくら続編、バジリスク続編と楽しみでしょうがない。新作であればTRIGGERとA-1共同制作のオリジナル作品「ダーリン・イン・ザ・フランキス」、PVの時点で既にヤバい香りがする「博多豚骨ラーメンズ」、度々お話しするMy Humanityで知っている長谷敏司の作品が原作の「BEATLESS」が気になるところ。BEATLESSは原作読むかクッソ悩むけど全話放送後にします。
J9シリーズの原案、山本優銀河神風ジンライガーなるものを制作中との事でそちらも来年こそは来ると期待。

映画を映画館で観る


自分自身映画館へ足を運ぶ機会と気分をバランス良く持ち合わせていなかったせいか、ここ1年レンタル始まってからでいいやと割り切っていたものだが、やはり映画館で観て家に帰るというプロセスが記憶の中で確固たる「映画を評価する」人間の自動的な、何の悪意もない心理を助長する、と言うと頭おかしいかも知れないがとにかく再び映画館で映画を観るようになった。


著作権法が改正される2012年以前の話であればそもそもこの家では映画を映画館で観る習慣が全く無く、実際に映画館へ足を運んだもので記憶の一番古いものは「カーズ2(2011)」で、その次が「あの花(2013)」「ゼロ・グラビティ(2013)」、以降は2015年までお預け。

初の映画館デビューであるカーズ2は3D目当てで観に行ったものの、気持ち悪くなってしまった上に話がイマイチだったせいでいい思い出は無かったと思われる。あの花はTV放送版未視聴、それでも本編ダイジェストだから大丈夫だと友人に唆されて足を運ぶが、泣き所さんがサッパリ妖精で困惑した思い出。ゼロ・グラビティに関しては話の内容も特に面白いと思わず、宇宙って怖いねとしか感想が出てこなかった。

という風に数も少なく良い感想が出なかった為に、最初に書いた文には映画館に特別な思い入れや憧れがあったからという理由は入らないとする。


しかしその2年後、ふとゼロ・グラビティの評価が気になってレビューを漁ると「ストーリーとは裏腹に佇む宇宙の映像美に圧倒された」という旨の感想を見かけて、やらかしたと自覚する。急いでレンタルするも観続けていくに連れ、ああもう一度映画館で観たいなあ…としか思わなくなり、あまりの悔しさからこの年はアホみたいに映画館で映画を観る事となる。

多方面から攻めてくる圧倒的な情報量に呑まれてヘヴン状態となったスクリーンの前の人間は観終わった後に思考が追いつかず、いつの間にか歩道を外れてたり信号の色を間違える事となる。危ないね。
今思うと、映画館で観たものはやたら記憶に強く残っている。ヒトの習慣とは面白いもので、自分の場合は気を抜けば話の内容をスッポリ忘れるもんで映画館から家に帰るまでの間ひたすら集中してこの映画はどうだったか考える時間が設けられ、10分と決められた時間内に完結させることが出来ればもう観に行かない、出来なければもう一度観に行くという実際には定められても決められてもいないがルールのようなものが存在していた。
例を挙げれば先日苦言を呈した「マイ・インターン」、3回も観てしまったせいであの変な感想が出てくる。

ともかくこの過程が最適(どう最適だったかは知らん)であったが為に、映像・音・スケールという要素を差し置いたとしても映画館へ足を運ぶというのは大事だと知り、相変わらず上映数は少ない上に遅れてやってくる田舎ではあるが映画を映画館で観る悦びを取り戻しつつある。


分かりやすい話2015年という年は自分にとっていつよりもここが絶対的な、符号化すらされていない神経パターンが宙を漂いながら全てをブッ壊して再構成させる意識が強く在りすぎるせいで「2015年を思い出させるイメージ・行動」という逆算が成り立った時に、規範内の合否と善悪が釣り合わなくとも「あ、そっかぁ…」と池沼化してまで行動を起こすのである。

やっぱり映画館に思い入れがあるんじゃないか(呆れ)

続・ダイナミック秋アニメ視聴


S.E.M is GOD

うーん、最高だった。

スタート直前にチャイムが鳴る演出良いぞ。
学ランで歌うのかな?と思ったら早脱ぎでものすごい衣装に。


ここのお辞儀→サイドステップ腕グルグルの振り付けええやん(ご満悦)

ヘンテコかもしれませんが大人がそれを本気でやるのが格好いいんです とプロデューサーが言っていたが、ごもっともじゃないですかね。好きよ、S.E.M(語彙力パージ)
それと硲先生歌上手くてびっくりした。

4話にもガッツリ出演したHigh x Jokerの高校生っぷり、妙にリアリティあって感心する。

こういう表現はどこから持ってくるんやろか。子持ちのスタッフが助言しているとか。

4話はライブパートがダイジェストながらも満足でした。
がわ゙い゙い゙な゙ぁ゙ピエ゙ー ル゙ぐん゙




しかしこう見ると、作画ブレないねぇ…
どうしてラストで踊ってくれなかったんや。楽しそうに歌って踊る鷹城君の顔が見たかった。


初見というのは大事だと勝手に思ってるから各話放映時点での未使用曲は聴かないようにしているのだが、一応ユニット毎のシングルはスマホにブチ込んであるのでその都度聴き込む。今のところやはりDRAMATIC STARSのSTARLIGHT CELEBRATE!が至高ですねえ。Aメロの きっと証明するさ正しいってこと があぁ〜たまらねえぜ。



さあDYNAMIC CHORD、深みに嵌っていく。断片的な情報、少ない台詞、使い回されるカット。初見では視聴者と笑いながら、こんなアニメよく放送するわと馬鹿にしていたが謎の中毒性で繰り返し観る度に好きになる。
ここの顔すき

ハチャメチャながらも辻褄の合う登場人物達の行動は、ストンと腑に落ちてしまう。「訳の分からない」アニメではないのは確かで、そこら辺に転がっている萌えアニメラノベアニメでも監督の技量により面白くなるものはたまにあって、これもそのひとつだと信じたい。
普通ならタラタラと取って付けたような台詞があってもおかしくない場面でもダイナミック構図で乗り切っていく。表情から という一方では滑稽に見える作風かもしれないが、近年のアニメと相対的に見れば見るほど輝いてくる。現代の,近年の と注釈すると反論を貰いやすい傾向にあるが、これも好みの問題だと割り切った。(自分含め)納得させるのはこれが一番早かった。
近年のアニメは確認動作が多過ぎてクッソイライラするんだよなぁ…

でも背景作画とライブシーンは申し訳ないが草を生やさせて貰う。それも含めてDYNAMIC CHORDだよ上等だろ。

それはそうとタイトルの入りとロゴが結構好き。DEENFateのサブタイ移行くらい好き。気が付けばCDレンタルしてた。現在アニメに併せて発売されているものでは[rêve parfait]とKYOHSOのシングルがあり、レヴァフェはOP曲「p.s. i hate you♡xxx」+1曲で「BEAUTIFUL DREAMER」通称:マァ〜〜〜〜〜↓↓↓は入ってない。KYOHSOもED曲「because the sky…」通称:ほぉ〜〜〜〜ん +1曲収録、「Roots of Life」通称:アババババババドンドンドンは入ってなかった。ゲーム同様ひでえ売り方やこれは…あとついでにオッドアイverも聴けんやろか。
肝心の曲の内容だけど、結構好きよ。レヴァフェはルシファーさんの作詞に草生えるけど編曲は良いんじゃないですかね。ピアノや電子音も織り交ぜられてあっていいぞ。

そういえば他の秋アニメはどうなんだってか、宝石の国,新キノの旅,少女終末旅行は今のところ完走予定だけれども、いずれも特に言いたい事はありません。ノーコメもありや(KYM)


余談

プリパラのライブ観てると、本当に心暖まるんだよなぁ…表情、振り付け、カメラワークも細部まで拘っていて、高レベルのCGがそれを後押ししている。アイカツプリキュアも凄いけども現行のCGが使われているTVアニメではプリパラが最強だと思う。ツキウタはセルルックCGの上にフェイシャルキャプチャ・モーションキャプチャという最新技術の詰め合わせで、この説明見るだけでも興味が湧くんじゃないか。湧くだろ。湧け。

最初はプリパラおじさんと呼ばれる人達が話題になっててあっ、ふーん(察し)と素通りしてしまったもんだが、たまたま「かりすま〜とGIRL☆Yeah!」を聴いた時にこれがプリパラなのかと度肝抜かれて即視聴決定、女児アニメを甘く見ていた。ラブライブとかその他ロボアニメで見慣れていたCGのイメージが強く印象付けられたままライブシーン観たもんだから、また度肝抜かれた。
そんで最近プリパラの前身であるプリティーリズムの存在を知って視聴中。プリパラも1期2期と急いで観てやっとこさリアルタイム視聴にシフト出来たけど、やはり長い作品の一気見はアカン。昔テニプリも2ヵ月掛けて一気見したら疲労感が半端じゃねえ(ミュ)事になって、やはりこういうのはリアタイでこそ映えるんだろうなあと感じた。

ダイナミック秋アニメ視聴


イクゾオオオオオオオオオオ(新曲ゥ…)ダイナモ感覚!ダイナモ感覚!YO!YO!YO!YEAH!DJDJ…(届かぬ想い)イクゾォ!1,2,3,4,YO踊れ!DJDJ…(フライング)カマン!YEAH!YEAH!DJDJロンリィナァ〜イ…(届かぬ音域)YO!FLASH


SideMのアニメがスタート、相変わらずアイドルマスターはキャラクター多くて名前覚えるのに一苦労。いや今季はそんで製作側も満遍なく見せ場作ってファンを喜ばせなきゃいかんのは大変やクォレハ…

正直アイドルアニメとして一話の掴みはアレだったが2話でop見れるのは分かっていたので我慢(opは最高でした)、そして2話ラストで踊るか!?踊るか!?アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(ホワイトアウト)
オイどうしてくれんだよこれ(期待値)高かったんだよなぁ!?Jupiterは後のお楽しみってか!?MUR焦らしプレイ上手いっすね。
それはそうと(デレアニであったように)ライブシーンカットとかダイジェストとかクッソ断片的だったりするとかはやめてくださいお願いします。しかしこれシリーズ2話恒例の宣材写真撮影やん、そういう意味ではこれでいいじゃん…ってなるけども、個人的にはただただ踊って欲しかった。設営も全出演キャラクターの軽い紹介も兼ねていたようで上手いこと作られているとは感じるが、こちとら大袈裟に言えば2話終わったのに主役機出てこないような気分よ。地上波ガンダムの製作が戦闘シーンにCGを殆ど使わないという絶対的な予算とクオリティを確立しているように、アイドルマスターでもライブシーンはきっちり丸ごと見せて欲しいと願っている。頑張れ作画班。
怒涛のライブシーンで視聴者畳み掛けて来た上で替え玉無料のDYNAMIC CHORD見習わんといかんのちゃうか。

若干不安抱えながら迎えた3話、脳裏に某パッション姉貴が浮かばれるお話だったが完璧な構成、いいねえこの3人…

そしてラストで踊るか!?踊るか!?オーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッ!!!!!!!

桜庭君のカットが入る度に2回も涙汁を出した。クールキャラのライブシーンはたまらねえぜ。

ターンが入ってるやん!

曲も振り付けも良いっすねぇ…

当方SideMについてはサッパリで予備知識すら無かったから1,2話では若干ファンとの間に温度差を感じたが、3話で完全に信者化した。これぞアイドルアニメ、これが見たかったんや。
それとJupiterが出演していたのには驚いた。アニマスから繋がってるのね。アイマス2で嫌味担当だったような記憶があったからこう仲間として見届けられるのは嬉しい。


それはそうとS.E.Mキャラ良い…良くない?個別エピソード楽しみ。光GENJIを彷彿とさせる登場シーンでは流石に笑った。



さあそしてDYNAMIC CHORD、あの作風のお陰で原作(乙ゲー)のヤバさが露呈せずに済んでいるという事実を知って草生え散らかした。全員股ユルッユルでハードプレイ通とか寧ろ原作沿いの性格で観たい願望はある。
ダイナミックな人気を誇るドヤムさんは商法のせいで攻略対象外のノンケ設定という経歴だそうである意味ではマトモ、やっぱりドヤムさんがナンバーワン。

昨今の女性向けアニメによくある狙い澄ましたギャグ・シリアスギャグのどちらにも該当しない唯一無二なあの感じがクソアニメであることを忘れさせてくれる、もう最近では他で見られない作画と台詞回しだったり雰囲気だったりすると無条件で好きになっているから冗談抜きで今季一番毎週楽しみにしている。正直普通に面白いと思ってるよ(ダイナミック感覚麻痺)
あらゆるアニメの1話でハァ〜(クソでか溜め息)ってなってる所を救済してくれたのが紛れもなくこのアニメ。ローリング☆ガールズとかコンクリート・レボルティオとか乱歩奇譚とか好きなのはそのせいだったりする。
シニカルを気取りたい訳ではなくて、たまたま現代アニメの作風が自分の体に馴染まなかった悲しい奴ってだけだと思う。先日イリヤの映画見に行った時にそれはもうキツかった、でも桜ちゃんのシーンは最高や。(推し特有の持ち上げ)

余談

夏アニメは完走できましたか…?(小声)

(異世界スマホ以外)出来ませんでした…

RWBYは残り3話くらいなので頑張る。配信版も同列で視聴。カットがどうとか騒いでいた印象だったけど翻訳センス含めTV版で十分。ジョーンとノーラの絡みをもっと入れてもよかったかな、と思うくらい。一番の見所である戦闘シーンが回を重ねる度に失速していったのが残念、1話で期待し過ぎちゃった。

アクションヒロインチアフルーツはどうしてもニコニコで観たかったんだが、6話止まり。こちらも1話の雰囲気で行ってくれるのかなと期待してたけど、無難に仕上げてきたのでちょっと残念。

月がきれいはゆっくり観てる。あれ一気見すると心ズタボロにされそうなんで…

そしてメイドインアビス、huluでもニコニコでも配信してなくてツタヤに借りに行くしか視聴の手が無いんだが、ツタヤプレミアムに加入した所為で新作・準新作を借りる選択肢が必然的に消え去った。旧作になるのいつ頃やろか…


最近70年代のアニメを片っ端から調べて視聴してるんだが、数少ないしいけるやろと油断してたら映画以外はほぼ25話越えで割と時間かかる。しかしどれも面白くておったまげる。
魔法のマコちゃんとかゼロテスターとか、面白そうなんだけど50話近くある作品まで網羅してたらいつの間にか爺さんになるので一旦パス。
アストロガンガーやチャー研もニコニコでなら観たいんだけどな〜俺もな〜。

オタクの部屋


自室を掃除することにした。
就寝以外に使っていない、物置と化している部屋を片付けると色んなものが出てくる。どうしてこんなもの買ったんだとつい思ってしまうガラクタから、よくぞ捨てなかったと嬉しくなる品まで幅広い。
隙あらば小遣いでアニメグッズを買い漁っていたあの頃が、死んでもオタク辞めるもんかと形にして残してくれていた。結局今も買うものの種類が違うだけで傍から見れば変わりはない。

当然人を部屋に上げた時のドン引きっぷりは忘れられないもので、ポスターを剥がされ、フィギュアを棚に押し込まれた事もあった。人の幸せを理解できない奴とは以後関わりたくないと愚痴を零していたが、今思うとまあ、これが一般認識、割り切らなければならない。相対的な立ち位置のエッセンスは分かっているつもりだから詭弁するつもりは無い。
今日まで1年間、残していったものと共に、ポスターもフィギュアもそのままだった。それでも、増えていくだけだったグッズを再び飾り出した。

優しさと悲しみだけを傍受することに特化された人間が形のない喜びを納得から共感まで昇華させることは、ほとんどない。一生ロボットと女の子に囲まれながらこの部屋で朝を迎えるならば、寧ろ誇らしい。
いつかは熱が冷めるか、戒めのようなものを肌で感じることになるだろうが、例えここが気持ち悪いオタクの部屋であったとしても清潔にしておこうと、掃除をした。


余談

それはそれとして、懐かしいものが出てきた。

ガッシュベルの魔本、それもスターターパックのやつ。
開けてみると…

えぇ…(困惑)
そういえばやってた、トライエイジ。売れるやろか。

こちらはポケモンバトリオ。現在は稼働してないとのこと。

ムシキング恐竜キングのカードも探したけど、見つからなかった。

他の面白そうなものはちょびっツのホルダーとか、澪のTシャツとかサウスパークのDVDとかセイラさんの謎マグネットとか…




ガンスリのフィギュアとか、タツノコ作品とVガンのセル画を集めたいもんだけどクソ高い、ウッソだろお前。

実はガンスリのサントラ、ドラマCD、ボーカルアルバム、イメージアルバムが2年前に再販された。2期も曲は凄く良いんだよねえ…

お料理上等


何があろうが毎日インターネットを利用している現代っ子だが、ネット飯含めネットにはものすごいアイデアで奇想天外な料理が出てくる。連日実験的な料理で9割方吐きそうになるものを錬成しているが、やはりこういうものを見ると惹かれる。
いや直接 奇想天外 料理 で調べるとsyamuのオリジナルメニューと何ら代わり映えしないレシピが出てくるが、どうしてそんなことをしたいかと言えば、幼い頃に食った美味いコース料理が奇想天外で知らない味で、それでも直感的に美味いと感じた味を忘れられないから。もちろんその味を再現するとか彷彿とさせたいとかは普通に考えても作っても無理、素材も手間も技量も違い過ぎる。基礎も応用も学んだ彼らだからこそできる芸当であって、レシピ本をなぞる事しか知らない一市民には何もかも遠い。それでも作るのは、まあいわゆる真似事をしたいから。アイデア捻り出して、新しい味を開発したい。クソ不味いものの中からたった1割美味いものを生み出したい。
流石に何も学んでいない状態では、よく聞く万年微妙なものしか作ってくれないお母さんと変わらないので向上心だけはある。ものや趣味を科学の観点で考察する本を色々漁ってた時にたまたま考えるきっかけである本(記事だったかな?)を見つけただけだが。

そこには分解について書かれてあった。ひとつは「料理の分解」、熟れ寿司(魚を米と塩で乳酸発酵させたもの)を食材と酸味に分解して、本来発酵で手に入れる酸味を酢で代用し、再構築する。そうして生まれたのが現代の寿司ではないか、と。確かに、例えば外国の料理を模倣して日本の素材で仕上げ、その料理が定着していくのはこの分解があるからこそだと感じた。
もうひとつは「素材の分解」と「調理の分解」。前者は食材の持つポテンシャルを抽出したり、または先程の熟れ寿司のように酸味という特徴を抽出して酢で代用する、ということ。後者は単純に、一緒に調理していたものを別々でやる、ということ。この2つを念頭に置いて調理したので、例として紹介する。


やったぜ。投稿者:変態糞素人コック(10月25日(水)18時22分)
昨日の10月24日にいつもの玉ねぎ(みじん切り)と今年我が家に来た新米の兄ちゃん(1合)と鶏(もも肉)の3つとそれ以外で県北にある家のキッチンで盛り合わせたぜ。
今日は明日が休みなんでスーパーで鶏もも肉とホイップクリーム(生クリームのお値段太過ぎ)を買ってから、滅多に人が来ない所なんで、そこで先にオリーブオイルで鶏もも肉を焼いてからやりはじめたんや。
鶏から出た油でニンニクと玉ねぎを炒めながら、いずれは米と鶏肉だけになり持って来た白ワインを少しずつ入れあった。
しばらくしたら、米がひくひくして来るし、白ワインのアルコールが出口を求めてフライパンの中でふつふつしている。
蒸発してくるアルコールに鼻の穴をなめさせながら、食材を炒めてたら、先に玉ねぎがわしのフライパンにグルタミン酸をドバーっと出して来た。それと同時に鶏肉もイノシン酸を出したんや。もうフライパン中、うま味だらけや。
複数の食材が出したうま味を木べらで回しながら米に塗りあったり、弱火で香りを楽しんだりした。ああ〜〜、たまらねえぜ。
しばらくやりまくってからカボスを入れるともう気が狂う程気持ちええんじゃ。
水分が飛んだ米ににお湯を半分突うずるっ込んでやると、米に染み込んで気持ちが良い。
半分残ったお湯もフライパンに突っ込んで鶏もも肉の機嫌を伺って居る。
うま味まみれの米を味見しながら、思い切り生クリームを入れたんや。
それからは、もう控えめに塩を振り、リゾットを皿に盛りまくり、二回もクミンパウダーを出した。もう一度やりたいぜ。
やはりリゾットは最高やで。こんな、変態リゾットを作ってみないか。
ああ~~早くリゾットまみれになろうぜ。

※訳
例えばリゾットを作る時に自分は必ずと言っていいほど白ワインを入れるのだが、そのアルコールを飛ばす作業も「分解」と言っていいだろう。炒めたニンニクと玉ねぎに米、オリーブオイルで予め強火で焼いてあった鶏もも肉を加えて、白ワインをようやく投入する。酸味と香りを印象付けて圧倒的な土台がここで完成する。加熱により玉ねぎのグルタミン酸と鶏もも肉のイノシン酸が分解されたものがここにて再構築され、その相乗効果によりうま味の完成度が上がる。
お湯を2度に分けてじっくりと米に水分を含ませる。ここまでの全てが米に染み込んだおかげで、あとの味付けは塩のみで十分になる。やはり、リゾットは最高やで。

ーーーーー

料理においての素材の特徴、メカニズムを分解という形で認識することで、従来の「これを入れるとこんな味になる」という解釈よりも幅がとんでもなく広がり、新しいアイデアと味へ導ける。多分本来はこれの前に分子ガストロノミーについてもっと理解を深めなければいけないから、うーん、勉強することがいっぱいいっぱい裕次郎

脈絡のない話


ミリオンアーサーでも少し触れたけど、個人的にソシャゲに求めるものって、完全オートで進むバトル。コンシューマーで頭と手を最大限に使って、スマホゲームでまったりしたい願望がある。というかただの偏屈。
艦これなんか正直最強だと思ってた、あのクッソ長い時間かけてやる運ゲーが良い。スマホ版が出るぞ!出るぞ!って時にIOSちゃんが除け者にされたのと自分用のクソ安いPC買ってしまったせいで起動してブラウザ開くのも一苦労になったから摩耶改二辺りで記憶が止まってる。結局vitaとか劇場版とかどうなったんかね。アニメ放映後から人気がようやっと落ち着き始め、最近はあんまり話聞かないけど地元で稼働してるアケの様子とか見ると割といつでも賑わってる、よかった。
そんでアニメ、艦これ未プレイの方からは好評価な傾向にあったことを記憶している、当時問題視されていたキャラデザや性格の改変が彼らにはそのままひっくり返って見えていた印象。まあそういう(批判の)意味では本家運営にもユーザーの愛が伝わって良かったんじゃないかな、ただ圧力が強過ぎて新規が「えぇ…」ってなってたのは間違いない。
それでも世間の評価だとか成り行きというものは絶対に決めつけてはならない。まして艦これというビッグなコンテンツには大量の人間が後ろから前からやってきたもんだから、一概には言ってはいけない。新規でアニメ止まりだった奴もいれば、のめり込んだ奴もいるし、初期からのファンでもアニメを受け入れた奴もいれば、拒絶した奴もいる。リアルの話をすればバランス良く分かれていた。正直、受けれ入れた奴は凄いと思う、あれだけインターネットでボロクソ言われて芯を曲げなかったのはオタクのあるべき姿、人間の鑑。エヴァで以降で作り上げられてしまっていた、オタクのオタク批判という流れをもろともしない。
自分は悪い波に完全に呑まれた。今年改めて観る機会があったんだけれども、普通に面白かった…とは思わなかったんだよなぁ…ノリがいや〜キツいっす(素) でも当時よりまともな神経で、というか過去作漁る要領で観れた。キャラデザ、性格の改変なんて全く気にもならなかった、主人公吹雪でいいだろ上等だろあいつ駆逐艦やぞ(意味不明)

存在しないものを模様見する仮想をしてまで尽くす必要はあるんだろうけど事が終わったものをわざわざここで言うのは流石に気が引けるので止めておこう…これ続けた方がいいんかな?いや止めた方がいいかもしれへんわ。主張すんのやめとくわ。(ブチギレされない)確信がないわ。



続いて艦これに対して全くと言っていいほど批判がなく評価の高いマイ・インターンという映画、これは理想の男女像を挙げて露骨なダメ人間との対比表現で自分もこんな人生を歩きたいと思わせる対象の視聴者と、それと逆手に受けた視聴者のギャップをわざと狙い、比較的流されやすい視聴者のポジティブシンキングを利用した、あるいは現代社会に中途半端に溶け込もうとする老人の鬱陶しさ(これが実際アメリカにあるかは知らんが)を滑稽に捉えさせて、オールドタイプの人間を交互に登場させることで結局高齢者の居場所は用意されてないという構成かと、よくありがちな女性向け映画の落とし穴を用意したクッソ皮肉な作品かと最初は面白がっていたがどうやらそうでもない。観終わればマジでロバート・デ・ニーロダンディー♡しか出てこねえ作品だった。クソ程も面白くなかった。
もしかしたら上記を含めたコメディだったのかもしれんが空回りする前に脚本も笑いも中途半端、総じて薄っぺらい。こんなものが絶賛されてるのを見るともしかしてこれ俺の感覚がおかしいのかもしれないと思い始める。これ以上は止めておこう…これ続けた方がいいんかな?いや止めた方がいいかもしれへんわ。主張すんのやめとくわ。(ブチギレされない)確信がないわ。
普段Twitterやこのブログですらまともに意見できないせいで溜まりに溜まりまくってるだけだから許して。開いた瞬間閉じるようなこの長文記事に紛れさせればきっと大丈夫だと信じている。映画観ていい歳のとり方をしたいと思いたいなら「最高の人生の見つけ方」の方が3億倍勧められる。
しかし俺の数倍は作品を網羅してる父がやけに楽しそうに観ていたので、大人にしか分からない面白さがあるんじゃない?(適当)
どうしてこの作品を挙げて批判するかというと、好評価の割に面白くなかったからではなくてレビュアーが口を揃えて、先にも書いた「経験を積んだ大人にしか理解できない面白さ」を謳っているから、だと断言する。これは子どもの嫉妬だとも言っておく。自分には映画的な面白さを全く見出せなかった。そういう事じゃない、そういう事じゃないんだよって言いたいのは分かる。完璧は求めてない。分からない奴には分からないで良い。でもね、この作品を大人になってから観て面白いと思いたくない。歳を重ねると堅持したがる、共有はできても通用はしない「大切なもの」を底の方から理解したい大人にはなりたくない。ああいう人間こそ、形の見えないものに固執して一個人を尊重しようとしない。もういっそ強い言い方するけどこんなん観て泣いてるようなら富野由悠季作品を一から十まで観てまわって、一切の解釈も必要ないストレートな言葉に度肝抜かれて欲しい。アニメをやたら毛嫌いする一部の映画通というクソつまんねえ人間ならば「ニュー・シネマ・パラダイス」を何度でも観て、サルヴァトーレから全ての感情を子どもの心でも大人の心でもいいから素直に感じ取って欲しい。
以上、好きなアニメと映画へスムーズに導くステルスマーケティングというマイ・インターンへの最大のリスペクトを込めての殴り書きでした。これがやりたかった。


余談

ここまでフリーダムに書くと最高に気持ちがいい。しかし「自分は〇〇という言葉が嫌いだ」と初っ端に書くようなブログにならないようには気を付けたい。得体の知れない人間に訴求力もあったもんじゃないのは悲しいながらも理解はしてるから気持ち悪がられるような話もやる。
しかし気が付いたのはインターネット上と現実を切り離して考える人は、果たして切り離せているだろうかということ。他人ぶった話をして、一番に人間であることを理解していない。良くも悪くも、思い込みが激し過ぎる。メロンの皮だけ食っておいてメロン農家に不味いと言ってるよりも異常だ。何が大人だ、クソが。メロンの皮じゃなくてクソ食っとけ。現実もネットも同じなんだよ、映画のレビューや、ヤフーニュースのコメントを、見下すような目をして書いてる大人はどんな顔をして、どんな声を出しているのか知りたい。まるで他人事のように書くな。自分自身が書いているという自覚を持って欲しい。あまりにも悲し過ぎる。
たかがこんなことでブッチギれてる俺を笑ってくれ、ただこれは絶対に取りに行かなくていい感情ではないと言っている。少なくとも自分の中では大切な気持ちだなんて死んでも思いたくないけど、気が付けば呑まれていたなんて事になる前にこれだけは言っておきたかった。

写真-国内編


福井,石川,新潟,群馬,長野,愛知,福岡,長崎
2016年5月〜2017年8月


撮影
スマホ(石川,長野)
Nikon D700(その他) 50mm f/1.4D



福井 東尋坊-昼


福井 東尋坊-昼


石川 鈴木大拙館-昼 上下反転


新潟 塩沢宿牧之通り-昼


新潟 清津峡-昼


新潟 清津峡-昼 硫黄の香り


群馬 富岡製糸場-昼


群馬 富岡製糸場-昼


長野 軽井沢-昼


愛知-熱田神宮


愛知-名古屋城本丸御殿:表書院


福岡 太宰府天満宮-昼 オーソドックスに


福岡 櫛田神社-昼


長崎 長崎港-夕方


長崎 長崎港-夕方 あきづき型護衛艦1番艦あきづき


長崎 端島-夕方 今にも崩れそうな鉄筋コンクリートのマンション、学校が狭い島に敷き詰められている もっと近くで撮りたかった





おまけ-富岡製糸場(改装中)


おまけ-熱田神宮 信長が寄進した築地塀


おまけ-あきづき全貌(上)あさひ型護衛艦1番艦あさひ(下)


おまけ-ムネリン(上)鵜久森(下)


おまけ-端島 全貌

すばらしきわがVR

やったらムンムン、かましたらぁ!


Rez infinityは当初demo discに収録されてたものをプレイして酔いまくったせいで暫く後回ししていた、たぶん今なら大丈夫でしょ。
ミリオンアーサーはセールまで待つと決めていた(結局割引されなかったが)。オー!マイジェネシスはmove必須だけど、いつかmove買うと信じてセール中に落としといた。


まず勇なまVR、政見放送とかカウントダウン放送とかあってリリース前から楽しませてくれた。

このシリーズは3の時に流行ったのもあって、割とやり込んだ記憶。相変わらずパロディ、メタ発言などがあって、雰囲気やノリは変わってない。
ゲームシステムはVRということでRTSに変更され、今回は守るのではなく攻める。

領土を広げればどこにでも魔物を設置できるが、気を抜いたら食糧不足でいつの間にかやられてたりする。


ムスメちゃん最初ファ☆と見た時にはそれはもう可愛いのなんの、ガン見しながら接近。

そしたら「近すぎ!限度をわきまえろっての!ったく察してよね 」と罵倒されてあっちへ行ってしまわれた。

その際にトロフィー取った音がしたので何だ?と思って見に行ったら…


開発「あんたの脳みそは、犬以下だっ!」


隣にいる時にR1またはL1でステージを回したら怒られる。あとガン見してたらめちゃくちゃ怒られる。すばらしきわが人生。


肝心のゲーム内容は…良かったです。ただやり込まない場合は1ステージを繰り返しプレイする必要性がない為、クリアしても少々物足りなく感じると思う。それでも細かいところの説明なりおまけ要素なりで長い時間楽しませてくれる。やり込み前提でやっても苦は無い。ただ難易度は低め。難易度上げて瀬戸際でプレイするのが良さそうか。文字通り座って世界征服できちゃうから全く酔わない、操作性も文句なし。
クリア時には魔物達がこっち見て喜んでる。

それと音楽が良い、生演奏なんだよね。全体的に完成度が高く、VRを最大限に活かしてると思う。バイオハザード7、Farpointに並んで買うべきタイトル。
以下スクリーンショット

10万14歳のムスメちゃん

んぐー☆

お叱りを受ける

うれしそう

みおろし

いつもの顔



お次に乖離性ミリオンアーサーVR。既にサービス終了しているスマホゲーの「拡散性ミリオンアーサー」では大ファンで、パズドラやモンストより好きだった。100万ものの人間がエクスカリバーを抜いて辺り一面勇者まみれというソシャゲにピッタリなストーリーが斬新で感心した。
12枚で構成されるデッキが大量のコンボスキルを吐き出し、完全オートでバトルが繰り広げられる。理想のカードゲームだった。BGM、UIも当時のスマホソシャゲでは高クオリティで各演出も気持ちがいい。メディアミックスが豊富で、このコンテンツにはしがみついていた。
その中でも2014年放送の実写ドラマである「実在性ミリオンアーサー」も強く記憶に残っている。UTSUWAソングは多くの人に衝撃を与えたんじゃなかろうか。

事情によりコアスタッフが離脱し、果てにサービス終了。末期はチート野郎(カードの性能的な意味でなくそのまんま)だらけだったのを覚えている。
そして新たにスタートした「乖離性ミリオンアーサー」だが、システム面での大幅な変更、キャラクターの一新等があり受け入れるのは容易ではなかった。特に戦闘のテンポが著しく低下したのが個人的に厳しかった。


そんな話はどっかそこらに置いといて、VRだVR。はい、スタート。

プロローグが流れて、ロード後にスマホ版そのまんまのストーリー画面を3D空間で観る。確かに2D3Dっていちいち切り替えてたら酷いことになりそうだからこれでいいと思う。


戦闘画面。テンポの悪さは健在、各所で気の抜けるようなテロップや演出があるのも残念。


厳密に言えばガチャでは無いのだが、ソシャゲ風のガチャ演出がある。

これが意外にも気持ち良くて、迫力ある。ガチャ引く人は高揚感なりで課金しまくるんだろうが、こういったものをVRで体験させてもらえるのはありがたい。


そしてウアサハ。うーん、良い。何故かこの時いつかVR熱が冷めてしまうのかと心配になった。



おっおっおっおっおっ



・・・・・・・・・・・・



いかないで


これは別にエリア外に出てしまったのではなくて、ウアサハちゃんに近付き過ぎたらこうなる。何だよお前、常時パンモロしてる癖にチューはいかんのか。
それでも顔に近付けば下顎を差し出すように動くので製作も狙ってるのが伺える。



最後にRez infinityは真骨頂と言われているArea Xをプレイ。
感想としては、ただただ凄かったとしか言いようがない。音楽と映像が感覚で伝わって、いつも感覚感覚言ってる自分には最高のゲーム。万歳ダイナモ感覚。コントローラーから伝わってくる振動も心地良かった。


敵をリズムに乗せて倒していくと気持ちがいい。敵の動き、照準の仕様も上手いこと設定されてて、「ここ変だな」と感じたシーンは一切なかった。
ただ、やっぱり酔う。最初はノリノリでやってたけど中ボスとか出てくると動きながら視点変更して照準も合わせなきゃいけなくてあと一歩でゲロゲロしちゃいそうで。それでも止めるもんかと続行してたら汗かいてるのに体温下がりまくってるのが皮膚に伝わってきて、病気になった時のことを思い出した。
不思議なことにそこから5分くらい経てば快感に変わってきて、前に進めば冷えた風のようなものが顔に当たってるかのように錯覚した。あとはもうこの映像美に圧倒されたままクリア、クレジットが流れる。

この間にも最終ステージを自由に動けた。


じゃあ通常ステージもVRで出来るじゃない!って思ったけどたぶんVR無しでやると思う、油断して吐いたら大変だからね、仕方ないね。



余談

約ひと月と半分振りにPSVRに触れた。この1ヶ月半の間、カイジVR、乖離性MAVR、VR音楽祭、勇なまVRがリリースされ、あとはRIGSとバウンドVRが無料配信されたりと、VRから一度引いた身としてはもうパーンとなりましてね、欲が。
そして昨日、満を持して「Japan Studio VR音楽祭」を視聴、クッソ久しぶりに泣いた、ガチ泣きした。先頭バッターはグラビティデイズ、戦闘BGM→2メインテーマの流れで涙出た。鳥になりてぇ…まともに画面見れたもんじゃなかった。
製品版では一番好きな曲「万有引力の発見」も収録されているみたいなので絶対買う。