ゆるい思想

脳ミソからケツまでイった男の雑記

外郭


最近雨ばっかじゃねえかお前ん惑星ゥ!折角ひと月前からウッキウキで連休取ったのに5日間全部雨とかもう許せるぞオイ!そして今度はダイナミックコード7話がいなくなってしまった。くっそ〜、野球のやつ〜!


本題。
基本的にコミュ障と呼ばれる括りの中のひとりであるのが自分ではあるが、正直心持ちなどという簡素で難しいもので克服できないのではないかと最近感じる。
例えば外食の際に落ち着いて飯を味わえるかどうか、とは食欲を従える以前の問題で、「頭おかしい上に不便極まりない」のは感情として処理していいかどうかシビアではあるものの、結局のところ心の置き場がない。
まあこんな人間が居るせいで回転寿司でわざわざタッチパネルで注文しなければいけなくなったりする訳だが。本質的なものを言えば共通したささやかな理想に技術が追いついただけかと思うので関係ない。

話を戻そう、結局は世間一般的に言う自意識過剰なのではと、うんその通りだよ。電車やバスの中でも、人混みを歩く中でも、誰もが自分をエバリューション一直線で巡らせているのではないかと、思考を看破されているのではなく、そっくり読まれている可能性を可能性のままで空間に居座らせているのが事実でありクソ要素。文章だと意識的な欠陥に見えるだろうが、全くの無意識であるから腐るものは腐らせ、焼くものも腐らせるので結局のところ何もしていない事になってしまう。


で、最も重要な解決策についてだが

そんなものは ない



余談


家でも性格同じなの?との質問に、全く変わんないですと答えたのだが、帰ってきた言葉が「ああよかった」で、これは普段喋る言葉に嘘がないという意味で「よかった」のか、ペラッペラの性格に表しかなくて「よかった」のか、どういった前提があったかは知らないが家とそこで性格が変わらない事実に「よかった」と感じたのか、分からない。

そもそも内と外で性格が違うという意味が分からないので答えを見つけられる訳が…えっ女の子は自在に性格を操れるだって?優しくしてくれてると思ってたら裏で愚痴りまくってるとかマジ?うわぁこれからは人間不信という安い言い訳を盾に人間に縋ります。