狂った高校生とゆるい思想

脳ミソからケツまでイった男の雑記

反省

難しい事なんて微塵も考えずに能天気に生きた方が得なのは知っている、だがこいつはガチのアホのカマホモ野郎だと下に見られながら生活するのはどれだけ吐き気がするか、何かしらの理由で完結されるのはどれだけ殴りたくなるかを誰もが知っている筈だが、ここまでのプロセスに愛想つかされたように感じるのは未熟だからかは知らん。
時間が経てば解決する前に忘れるだろうがそれが成長なのかどうなのかも知らん。
ここまでは以前の自分であったが、人間性においては可能性を見出す順序というよりも、一方的に見限った狭くて広い感情をぶつけられる優しさを忘れてはならない。求められていない答えを出すことに必死になる新たな問題は、直接的でない出来事に関して他人が語るものほどつまらないものはない、当事者は犯人の顔に糞を投げつけたい気分だろうがそんなもの他人事であることに変わりはない。良いようにされれば恩は返さなければいけないのは当然で、要は学ぶ必要のない怒りや悲しみをわざわざ受け取りに行く面倒臭さを理解できない。摂取できるニコチンの量の差分で悦に浸ることができれば簡単だが、ここでこそ出てくる場違いな意見に転嫁されて時間稼ぎを食らうようになるにはどこまで忘れればいいのか、そこでしか生きられない人をやっと考えて回り道できるようになった。結局のところ忘れりゃ解決するとかいう利便さを最大限生かすなんてものはただの妄想で、実際のところ本心はどこにあるかだけ忘れきればいい。人に言われてもないのに遠慮する理由はここにあったのかとようやく気が付いた。
これが言えるのも愛想笑いがヘッタクソなのも乱れた心の表れだと簡潔に指摘されればそれこそごもっともで殴りたくなる答えであり、まだ色々なものを盾にできる証拠かもしれない。
自分のような卑怯な人間を上手く出し抜かれたと気が付いた今この瞬間からやっとスタートを切れると確信した。