ゆるい思想

脳ミソからケツまでイった男の雑記

金と人間性


詐欺という言葉を使ってしまえば意地悪かも知れないが、事実を前に、そのような施設で働く人間には誇りや人間性をある程度失ってしまったものだと思ってしまうのも無理はない。
少し考えてみれば、教師としての熱がどこか逸れたものになっているのは誰にでも理解できる。矛盾してしまうようで難しいが、一個に誇りはある。その誇りと熱意が噛み合っていない事に疑問を持っていた。


偽物だった。出題形式も、難度もまるで別物なのに誰も気が付かないのは、ここはそれを受けさせている高校を出た人間の行く場所ではない事の確認と答え合わせでしかなかった。こんなもので高い金を払わせ、堂々と履歴書に書かせようとしている人間の話す言葉は信用できる訳がない。
彼らがどう思っているかは言うまでもないが、それを差し引いても彼らを良いように思うことは絶対にできない。確かに言うべきことを上手いこと織り交ぜてはいても、一種の諦めのような感情を放出している理由としてビジネスと分かっているからだと言ってしまえばそうなんだろう。


ある人から見れば、ある人からすればこんなもんだろと思っているだろうが、俺はそうじゃなかった。もっとまともだと思ってた。どこの専門学校へ行っても倍以上自分でやらなければ話にならないのは常識と知っていたが、この場所は異常過ぎる。やってる事が幼稚園レベル。いや誇張表現じゃなく、本気で。下手しなくても幼稚園児扱いより酷いもので、その扱われている奴らの年齢が年齢なだけに、社会では幼稚園児よりタチの悪いものとなっているだろう。

こんな施設、頭の悪い高校を出てさっさと就職せずに猶予を延ばした奴の受け皿、負け組の溜まり場以外に当てはまる言葉が一切ない。勿論経歴を見れば俺もその一員なのは間違いない。悔しい、ひたすら悔しい。


ただ、社会に淘汰されて再スタートを切ろうとしている人間の喋る言葉は違う。彼らも一概にはその負け組なのかも知れないが、少なくともこの場所では周りに巻き込まれたら終わるという精神があると主張してくれる時点で違う。勿論高卒にも真面目だったりセンスが突き抜けている人は居る。本来はこういう人たちに付いていかなければならない。


入る学校も関わる人間も全て、これまで努力を怠ってきたツケが回ってきた結果という事実に何の言葉もない。公園で煽り合いながらドッジボールをしている小学生を横目で流しながら通った時、不覚にも戻りたいと思ってしまった自分がクソ程憎かった。死んでも戻るものか、首が吹っ飛ばされたとしてもまだ意識があるなら就職してやるわ。