ゆるい思想

脳ミソからケツまでイった男の雑記

あくまで強気に


あるいは惨めに、旗幟の不透明さが裏目に出たのか方向性の疑念を煽るこの体たらく、それでもまだ五分だとセーフだと安堵しているつもりが、実際は端から心配すらしていないという楽観、疑問に疑問を返す始末。結果論がどうしても欲しいと回顧してしまえば正解か不正解か、あっさり答えを出した。しかし採点などという一貫性など求めてもなく、良く言えば無造作。次に良いか悪いか、要するにストップモーションではなく「口上」の問題としてはどうかと言われるとあまりに物語がなさすぎる。減らすものは減らし、消すものは無視した過程はあれど(これを進歩というかは別だが)、人間に近付く為か遠ざかる為か知らねえが身になったものには一旦区切りがつく。

重要なのはここで示すもの、つまり威厳である。それがあるかないか…なくない?
理解の及ぶ感情の肯定をある程度は嫌ってきたものの、先にも似たような事は言ったが高低差という相対評価、否定と同情の中での優位性、そういった類のものの結論を出されるタイミングが来てしまったからにはそれをどう表現するか、その「くだらなさ」で勝負をかけたい。

勝負したい以上、ここで興味もクソもない話をするのが最適なのには自信がある。例えば友人、こいつに彼女とかできる訳ないやろと思ってたのが5人くらい作ってたとかそういう表面の表面上でもうらやま…正しくルサンチマンが形成されている事実に並行して俺が出せる最強の武器は、布団から起き上がるモチベーションの管理とか昼飯のやり過ごし方とか風呂に入らなくても臭い的にセーフな最長時間くらいしかなくて結構困っている。

文字で叙情する上では余裕がつくもの、そこに人間と人間が関わっているかどうかの人間の会話に対抗しようという時に、どうしたものか折衷する余裕もない。何かはあっただろと思った瞬間、あまりに人と日常会話をする機会を失ってしまった愚かさに気が付いたと共に何をどんな風に話せばいいのか忘れてしまったのである。
これが威厳の尺度となる。このくだらなさでいい。本当はもっとスケールの大きい話であると傲慢になる必要は無い。これが俺のレベルだ。


アホな話で何やら説得力が消え失せたようだが、つまりは猫背を直し、痩せなければならないという結論に至る。威圧をかけろ。格好で勝負だ。全員ブッ倒すくらいの気持ちでIKEA。そんな感じで心機一転、走らさせて、頂いてます。